お知らせ

【仁方】アメリカンダイナー改修37日目

2020年7月9日

「味ひとすじ 三篠会」仁方デイサービス改修工事現場監督の和田卓也です。

改修工事もクロスやタイルといった大きな工事がひと段落しました。

今回は、完成にむけて着々と進んでいる棚や外灯、新設した扉をご紹介します!!

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新設するカウンターに棚が作成。コンセントが3つありますが、ここに何を設置するかはお楽しみ 😉

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外灯は、瀬戸内海に面しているためマリン風に変更。外からの演出にも余念がありません。

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ダイニングエリアと厨房の間に三連扉を設置。住み分けをすることによって、空間のメリハリをもたせました。

アメリカンダイナーにむけて着々と工事が進んでおります。

今後は、装飾品で雰囲気作りをしてまいりますのでお楽しみください。

 

今日のトリビア5⃣

ダイナーの料理に欠かせないコーラについて

Coca-Cola
そのまま飲むための飲料として出回っているコーラの主成分は水である。その水に、様々な成分を混ぜることによってコーラは作られている。

コーラ (Cola) という名称は当初コーラの実 (kola nuts) から抽出した、ほろ苦い味のコーラ・エキスを用いていたことに由来している。しかし、現在ではコーラの実は含まれていないのが一般的であり、コーラの実の代わりに様々な香料や調味料が用いられている。また、コーラの実にはカフェインが含有されており、カフェインを添加している製品も多く見られる。

なお、ザ コカ・コーラ カンパニー(コカ・コーラ社)のコカ・コーラ調味法が秘密になっていることは有名であるが、これはコカ・コーラ社が作った伝説である。実際には発明者であるペンバートン博士が複数の相手に対してレシピを販売している。従って、初期のコカコーラの作成方法は秘密とは言えない。現在のコカコーラのレシピは公開されてはいないものの、成分分析は容易である。他の多くのコーラも同様に成分分析は容易である。 コカコーラの成分については初期にはコカが使われていたが、現在ではない。

販売競争
世界およびアメリカ合衆国
非常に多様なコーラ風の清涼飲料水が世界各地に存在しており、またそれらが様々な風味であることから、人によっては特定企業の製品を好んで飲用することもある。この風味の違いは、同じ会社の製品であっても年代により様々な変化を見せるが、これは各々の会社が時代の流行を反映していることに起因する。ただしそうした企業戦略は、旧来のファンが味の変更を嫌い、競合他社に切り替えるというリスクも同時に伴うことになる。各社のシェア争いは熾烈を極め、外食産業チェーン店や国際イベントでの採用を巡っては、様々な営業上の駆け引きも行われ、その熾烈さもあって「コーラ戦争」と形容されることもある。

このコーラ戦争においては主要メーカーにより莫大な広告費が掛けられるのが通例で、近年では全米規模でGPSを使って懸賞賞品をその場にお届けなどといった社会現象さえ巻き起こしている。またボトルキャップフィギュアなどの、後にコレクター市場が成立するようなアイテムの付録が付くといったイベントも度々行われている。

日本
日本でも、その例に漏れず、1960年代にはコーラブームが到来し、当時、全国各地に散在した中小飲料メーカーが「コーラ」と名の付く製品を次々と発売した。しかし、コカ・コーラに代表される大手メーカーには到底及ばず、多くの業者が比較的短期間でコーラ製造から撤退した。

一方で、「しずおか茶コーラ」(静岡県島田市)、「金沢カレーコーラ」(石川県金沢市)、黒糖を使った「ブラックケインコーラ」(沖縄県の伊江島)など定着したご当地コーラも複数あるほか、独自にブレンドしたコーラを提供する飲食店もある。柑橘類のシラヌヒ(不知火)を使う「熊本クラフトコーラ」のように、こうした地域・店独自のコーラを「クラフトコーラ」と呼ぶこともある。

東ドイツなど
ドイツ民主共和国(東ドイツ)でも、1958年にヴィタ・コーラ(Vita-Cola)が開発され、ライセンス生産を含め、100を超える国内企業で生産された。ドイツ再統一後にほとんどが製造中止となったが、1994年にテューリンゲン州の飲料メーカーによって大規模生産が再開された。他にも、東ドイツでは1967年にクルプ・コーラ(Club-Cola)が開発され、ベルリンの国営飲料工場で生産された。ドイツ再統一後に製造中止となった後、1992年に同ブランドのコーラが復活したが、製法は別のものに変更された。

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